周りは気の毒そうにこちらを見ている

私はとにかく「すみません」と言いながら、腕がちぎれそうになるほどの荷物を持って立ち上がった。やっと立っているという感じだったが、必死でこらえた。もう一度、「すみません。荷物があって、具合も良くなくて……」と言いかけると、途端に大声に打ち消された。

「そんなものは関係ない! みなさん、こいつはとんでもない女だ。まったく。おまえは何を考えているんだ!」

怒り心頭のこの人に何を言ってもムダだし、反論する気力すら起きない私は、必死でこの地獄の時間を耐えることにした。気分がますます悪くなり、熱気のこもった車内で、息をするのも苦しい。

周りの乗客も、お隣の老婦人たちも、黙って気の毒そうな顔をして私をじっと見つめている。老人の怒りはおさまるどころか、ますます増幅。罵詈雑言を浴びせられるなか、降りるバス停が近づいてきたので、私は運転席のほうへ移動した。

すると、老人はぎゅうぎゅうの車内をかき分けるようについてきて、私の腕をむんずとつかむ。「おい、おまえ逃げる気か! わしの話を聞いているのか!」と、執拗にまくし立て、私が降りるのを阻止しようとした。

それにはさすがに、車内の乗客たちもざわつき始め、「もうおやめなさいよ」と言う声が聞こえてきた。老人は、その方たちにも「うるさい!」と一喝し、私の腕を放そうとしない。「すみません。もう降りるので」と言っても通じない。ところが、立場上中立を保っていた運転手がついに我慢できなくなったようで、車内放送のマイクで注意した。

「お客さん、いい加減にしてください! そんなに怒鳴り散らして、車内の迷惑ですよ。こちらのお客さんは降りるんだから。いいからあんた早く降りて!」

運転手が身を乗り出し老人を両手で押さえて、早く行けと私に目で合図する。私は会釈し、逃げるようにバスから飛び降りた。

背後で「おい、待て! 許さんぞ」とまだ怒鳴っている老人の声と、「やめなさい」と言っている運転手の声が響いていたが、ようやく扉が閉まると、すぐさまバスは走り去って行った。