しかし。老眼は誰にでもしのび寄るのだ。むしろ、元の視力が良い人間には急接近してくる無法者。ある日、薬や調味料の箱の裏書が読めなくなって、はじめは何が起こったのかわからなかった。それからシャンプーの裏の素敵な効能が読めない。しっとりなのか、サラサラなのか?キャンドルライトでメニューが読めない。本屋で立ち読みできない。

決定的だったのは、原宿のヤングなブティックに行った時だ。学生時代の友人が「私たちに合うものなんてないと思うでしょ? それがね、意外や意外、ハイブランドの流行をパクったものが、とっても安く上手にできてるの。ワンシーズンで履き潰しちゃう夏のサンダルとか、全然オッケーなんだよ」というので探検してみたのだ。確かに最新流行を巧みに取り入れた、それでいてチープに見えない靴や服が並んでいる。

お店のお姉さんは皆とても若くてとても感じが良く親切で、買い物が楽しい。どうぞご試着なさってくださいね、と言われ、手に取った商品のタグを見て、私は打ちのめされた。読めない。サイズが。素材が。そして、値段が。ここにあるものを買う資格は無いと言われたようで、すごすごと店を後にした。帰り道に思った、老眼鏡を買おうと。

何事も意味があってのことだと前向きに捉える私は、老眼でさえもきっと人類に必要な機能なのだと思うことにしている。つまりさ、見えないものは、見なくていいものなんだよ。年をとったら、細かいことにとらわれていてはいけないのだよ。ゆったり、マクロな視点でね。大きな心で物事に対処していきましょうよ。拡大鏡でシミとかシワとか直視しちゃったら、辛くてやってらんないわよ。

そうそう、インテリ老眼鏡は翌日見つかりました。パソコンの後ろから。老眼鏡あるある、でしょ?

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