食器用の桶から出てきた白い布

目も当てられないのはトイレばかりではない。冷蔵庫には何年も前の食材が詰まっており、中にはドロドロに腐った野菜もあった。洋服ダンスを見ると、なぜか防虫剤を内袋から取り出し、粉末にして服に直接まいている。居間には、夫のものか彼女自身のものかわからない大人用の使用済みオムツが散乱し、とてつもない悪臭が部屋に充満している。理事長の認知症がどれだけ進行しているのか、痛感した瞬間だった。

ダイニングテーブルには、日常的に使う小物が散らかっている。まずはそれらを片づけようとすると、「すぐに使うのだから、しまわないで」と止めてくる。居間の使用済みのオムツなど、ゴミをまとめて捨てようとするのだが、理事長はこれまた必死に「捨てないで」とすがってくる。さすがに言い合いになり、強硬に処分した。

さて次は台所を、とシンクの前に来ると、桶の中に見覚えのない白い布が浸かっていた。「布巾かな?」と思ってつまみ上げたら、それはなんと女物の下着だった。

食器用と洗濯用の桶の違いもわからなくなってしまった理事長。はつらつとし、美しかった教員時代を知っているだけに、現状を受け入れるのがつらい。椅子で居眠りをしていた彼女の小さな肩を、気がつけば抱きしめていた。

人が入れるように掃除をし、彼女の世話をしてきたが、私とて間もなく80歳。体もきつくなってきたので、甥夫婦に後を託した。彼女のもとへ時折お見舞いに出掛けると、そのたびに「また来てね」と微笑む。そんな理事長が、昨年夏、95歳で天寿をまっとうした。

慕っていた理事長の思わぬ末路であったが、少しでもお役に立てたのではないかと満足している。


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