原稿を書くときの東さんの「緊張」
僕が東さんと取材で接する中で強く印象に残っているのは、とても些細なことが多い。その一つは、本書でも触れられている開沼博さんとの往復書簡に関係するものだ。この企画は、開沼さんが登壇したゲンロンカフェのイベント終了後、東さんや僕も交えて飲んでいるときに思いつきのように決まった。僕は翌日に企画書を作って、毎日新聞の論壇担当記者に事の経緯を説明し、企画を提案すると、あっという間に紙面とウェブでの展開にゴーサインが出た。
僕が担当編集を務めることになり、往復書簡を東さんから始めるために、第一回の締め切りを設定し、メールで原稿を受け取った。原稿はほとんど直しを必要としないものであり、しかも新聞記事という厳しい字数制限がかかる紙幅のなかで、福島第一原発事故を思想的に問おうとする深みのあるものだった。
新聞の原稿は難しい。字数を抑えるために端的に書こうとすれば深みを失い、丁寧に説明しようとすれば紙幅を超える。枠のなかにきちんと収めながら、より長い射程の思考を刻み込むというのは、誰にでもできることではない。
すぐに感想と返事を書いた僕は、どうしても直接会って御礼を言いたくなった。ちょうど、ゲンロンカフェで東さんが登壇するイベントが締め切り直後に控えていた。僕はイベント後に壇上から降りてくる本人を捕まえて、「素晴らしい原稿でした。ありがとうございました」と話しかけた。
東さんは心底ほっとしたという表情を浮かべ、「あれは難しかったんだけど、ちょっと緊張したんだ。君が気に入ってくれたのは本当に嬉しいよ」と言った。
僕が驚いたのは、原稿に対するあまりにも真摯で、誠実な姿勢だ。「東浩紀」はもうビッグネームであり時評、批評、小説と、およそ同時代では誰も成し得ていないことを成し遂げていた。それにも関わらず、東さんは緊張しながら原稿を書いている。僕にはその小さな会話に、東さんの人間性が象徴されているように思えた。