2020年3月12日。ゲンロンカフェ。左から小松理虔氏、石戸諭氏、東浩紀氏。撮影=ゲンロン
『ゲンロン戦記』は、作家・思想家の東浩紀氏が哲学の実践を目指すなか、中小企業の経営者として遭遇した予期せぬ失敗やトラブルを記した奮闘記である。難解な哲学研究から出発し、オタク文化やネット社会を縦横に論じた時代の寵児がなぜ、中小企業ゲンロンを創業することになったのか。ゲンロンで事件が起こり危機に陥ったとき、なにを考え、どんな行動をとってきたのか。本書の聞き手でもあるノンフィクションライターの石戸諭氏が、東氏から引き出した答えとは――。 

「人間・東浩紀」と「法人・ゲンロン」

ゲンロン戦記――「知の観客」をつくる』という本は、東浩紀さんも書いているように聞き手と構成を務めた僕の関心が強く反映されている。では、その関心とは何か。僕の関心は、一貫して「人間・東浩紀」と「法人・ゲンロン」に向いている。

1984年に生まれ、ゼロ年代に学生時代を過ごした僕にとって、東さんは存在を知った時からスターの一人で、論壇の中でシーンを作り、小さな枠に留まらない活躍をしていた。掛け値無しに同時代の天才の一人だった。直接、会ったのはゲンロンが主催した第1回チェルノブイリツアー(2013年)だった。当時、毎日新聞の記者だった僕は取材も兼ねて――と言っても、すべて自費である――参加した。以降、他の仕事でも付き合いが始まるようになり、会社を離れ、いちノンフィクションの書き手となった今でも続いている。

おそらく本書は、東さんの哲学に強い影響を受けて書き手を志したような人たちが聞き手を務めたとするならば、まったく違うものになったと思う。もしかしたら、もっとゲンロンの存在意義を強調するようなものになったのかもしれない。あるいは東さんの学術的な貢献を強調したものになったとも思うのだ。だが、結果的に僕の構成はそうならなかった。それは僕が取材をする者として東さんと向き合った結果である。