映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』(冨永昌敬監督〈左端〉)舞台挨拶(写真提供:末井さん)

死を遠ざけるのは

虚無は気持ちをネガティブにします。そういう時に死が入り込んできます。

いちばん恐かったのは、自分も母親のように、好きな女の人と心中するのではないかという予感がしたことでした。それはだいぶ前のことで、今はそんなことを思いませんが、虚しい気持ちは今もなくなりません。死を遠ざけるのは、その虚しさから抜け出したいということもあります。

ところが、世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、それが他人事ではなくなり、意識的に遠ざけていた、自分の死のことを考えるようになったのです。

ニューヨークでは、1日の死亡者数が800人を越えたとか、遺体安置所が不足していて、60人もの遺体が放置されているとか、ショッキングなニュースが流れてきました。文明の先端のように思っていたニューヨークで、信じられないようなことが起こっているのです。まるで戦争でも始まったかのようです。それと同じことが東京でも起こらないとは限リません。

イタリアでは医療崩壊に陥り、高齢者は治療を断念せざるを得ない状況が発生しているというニュースもありました。「命の選択」です。もし東京がそうなったら、70歳を過ぎているぼくは、治療を断念する側に回されることになるでしょう。

そうこうしているうちに、日本でも感染が広がり始め、クラスターだのパンデミックだのと、聞きなれない言葉が飛び交うようになりました。そしてついに緊急事態宣言が発令されることになります。

妻の美子ちゃんは、「スーパーは私が行くから行っちゃダメだよ」と言うようになりました。ぼくが高齢だし狭心症の持病があるので心配しているのです。