もしも参道の中央が神の通る道ならば

そもそも初詣の際には多くの参拝者が神社を訪れ、参道に列を作る。そのとき、神社の側から参道の中央を空けるよう指示されるわけではない。参道の中央が神の通る道であるなら、もっとも参拝者が多い初詣によって、その道は穢されていることになる。

あるいは、参道は中央を避けた上で、右側を通るべきだと説くものもあれば、逆に左側を通るべきだと説くものもある。男女によって違うと主張されることもある。

しかし、それにも確たる理由はない。伊勢神宮の場合、内宮(ないくう)では右側、外宮(げくう)では左側を通ることになるのは、それぞれそちら側に手水舎(てみずしゃ)が設けられているからで、ほかに理由があるわけではない。

怪しげなしきたりでも、こうだと言われると、言われた側には十分な知識がないので、それに逆らうことは難しい。それに、しきたりを説く側は、たいがいもっともらしい説明を用意している。

まして、神社の側が、二礼二拍手一礼が正しい参拝の仕方だと社前で掲示すれば、それはかなりの強制力を持つ。そこでも述べたように、しきたり全般について必ずしも詳しい知識を持ってるわけではない若い世代になると、ほぼ言いなりになってしまう。

厄介なのは、二礼二拍手一礼が、舞台や映像を通して、相当に昔から作法として実践されてきたかのように描かれることである。