「二人でお酒を」が少年の日々をよみがえらせる

それにしても、名曲揃いの歌謡曲の中から、アルバムに収録する曲を選ぶことの難しさといったら……。とりあえず自分が生まれた66年からエレファントカシマシがデビューした88年までの歌に絞り、周囲の人たちからも推しの一曲を募りました。そこから、自分の声や音域に合った歌を厳選して残ったのが35曲ほど。最終的には私自身が気持ちよく歌える歌に落ち着きました。

リアルタイムで聴いていた頃は十把一絡げに歌謡曲と呼んでいたけれど、あらためてカバーしてみると、どの歌も個性的で奥が深くて。歌いながら涙が止まらないほどの感動を覚え、どうしたらいいんだろう、みたいな!

たとえば、今回完成したカバーアルバム『ROMANCE』にも収録されている、梓みちよさんのヒットソング「二人でお酒を」はブルースなんです。作曲した平尾昌晃さんは、洋楽を研究したうえで、日本人の心にフィットする曲に仕上げている。あるいは「白いパラソル」の作詞は松本隆さんですが、こぼれる涙を真珠の首飾りにたとえた歌詞は『古今和歌集』の影響を受けているのでしょう。

つまり昭和の歌謡曲は、音楽や文学を学び尽くした人たちが、蓄えた知識や培ったセンスを惜しみなく盛り込んだ日本独特のサウンドなんですよ。高度成長期を彷彿とさせるというか、歌謡曲って、工業製品と同じような巧みな「ものづくり」の賜物だと私は思う。作詞家と作曲家と歌い手が三位一体となって作り上げた完璧なまでの世界観。私は激しく心を揺さぶられ、気づけばノスタルジーに浸っていたりするわけです。

多くの場合、懐古するのは公団赤羽台団地の2DKの住まいの中で過ごした少年時代。母と一緒に歌謡番組を観ていたなぁって。「二人でお酒を」を歌いながら家事をしていた母の姿や、カーテンから漏れる柔らかな光、リビングに飾ってあった「モナ・リザ」のレプリカのことまでもが断片的に、でも鮮やかによみがえってきて胸が苦しくなるほどです。

私は今、文庫でマルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』を読んでいて、1年半かけて14巻までたどり着いたところ。じっくりと本に向き合う時間も好きなんだけど、ある意味、歌の力のほうが凄いかもと思っています。だって歌は聴く人を言葉とメロディの魔術にかけて、一瞬で失われた時へとタイムスリップさせてしまうじゃない?