小説の神様はペンに宿る
バービー 読み返したときの、「恥ずかしい文章を書いちまった!」といった念はどう振り払っているんですか。
いとう 手書きはリハだから。本気を出してないリハで自分を否定しても、あまり意味がないよね。それより大事なのは、自分に向いてる筆記具をどう見つけるか。
清水 手書き派には重要な課題!
いとう 2Bの鉛筆なのか、Fのシャーペンなのか、万年筆のペン先の太さはなにがいいのか。それを発見するために、僕は散財しましたから。筆記具が合わないと、思いついたことをワーッと書けないんですよ。
清水 面白いなあ。最高のペンに出合うまでの放浪記ってのは、本に書いてる人いないんじゃない。
いとう これは、あるコラムに書いたばかりの話なんだけど、思うように小説が書けなかった時期に、作家仲間から「人に教えてみたら?」って勧められて。4年間、近畿大学で小説の授業を持っていたことがあるんです。自分が書けないくせに、人に教えてるから、なんだか恥ずかしかった。で、4年経って辞めるときに、ゼミ生たちが万年筆をくれたんですよ。お金なんて全然ないのに、みんなでちょっとずつ出し合ってね。
清水 うれしいね。
いとう その万年筆がベストだった。いい話でしょう?(笑)
清水 できすぎてる!
いとう プラチナの主力商品#3776の中字で、ごく一般的な万年筆なんだけどね。書き心地がいいから、書きたくて手が進む感じ。ピアノにも、「これだ!」っていう感覚ない?
清水 やっぱり電子ピアノだとイマイチかな。だから、脳と肌の感覚は密接に繋がってると思う。
いとう 高級な万年筆でも、インクの乾きが遅くて溜まると、手が汚れて僕はだんだん書きたくなくなっちゃう。書いた途端に乾いてるっていうのが最高なんです。
清水 ほかにお気に入りのペンはないの?
いとう パイロットが出してる、1000円くらいのカクノっていう万年筆があるのね。それの中字は、僕の筆圧の強さに耐えられるカリカリしたやつで、これもいい。まさにミチコさんが言った肌感覚みたいなことで、なにもアイデアが浮かばないとき、ただカリカリガリガリ書いているだけで、脳が振動する感じがするの。