信じてきたものが崩れて

《しまりのよい》父の価値観が崩壊するできごとが起きたのは、私が高校1年生の時だ。父方の祖父母が相次いで亡くなり、時を同じくして、父の実家周辺で道路の拡張工事が行われることに。立ち退き料として、市から約7000万円が入るという。

その立ち退き料と実家を売却したお金を姉5人と父で分けるという話になった時、姉たちに「あなたは親の介護をほとんどしていないのだから渡すわけにはいかない」と言われた父は、1円ももらえなかった。

親の教えを守り、無駄づかいをせず、必要以上のものを欲しがることなく生きてきた父。しかし、同じしつけを受けてきた姉たちが多額のお金を前に変貌した姿を見て、これまで信じてきたものの意味がわからなくなったのだろう。

追い打ちをかけるように、父は子会社への役員出向を命じられた。これは親会社では出世できないことを意味するもので、父はいよいよ自暴自棄に。この頃、食卓に刺身が並んでも小言を言うのを忘れていたほどなので、相当にショックを受けていたのだと思う。

心ここにあらずの状態だったからか、「子会社とはいえ役員出向なのだから、きちんとしたスーツやコートを揃えないと恥ずかしいよ」という母の声さえ届かなかったのかもしれない。デパートに嬉々として向かった母は、カシミアのコート、有名ブランドのベストやシャツなどを大量に購入してきた。