その頃から、それまでマイナスにとらえていた自分の個性を、プラスの角度から見られるようになったのです。女性の役や中性的な役もやらせていただけた。王道ではない役やユニークな役も、「美弥さんだけの個性があるからだよ」と言っていただきました。だったら、その個性をプラスにとらえて、どんどん磨いていかなきゃと。

そんな自分を、下級生の頃からずっと応援してくださっているファンのみなさんの思いに応えるためにも、自分自身ともっときちんと向き合っていかなきゃいけないなって。

そうして、それまで好きになれなかった自分を受け入れて、愛せるようになったおかげで、「やりきった」という達成感を得ることができたのです。宝塚時代の後半の7年間で、自分が思い描いていた男役を完成できた――そう思えたからこそ、卒業しようと決めました。

17年の間に、自分のゆるぎない土台を作ることができたので、これからその上にどんなものを乗せてもブレずにいられる。確固たる自信が持てたことで、再び一からスタートしても、何も怖くないと思えたのです。

 

母の言葉を人生のモットーに

もうひとつ、私がありがたいと感じているのが、子どもの頃から私をずっと支えてきてくれた母の存在です。私が宝塚に憧れたのは小学校3年生のとき。涼風真世さんが出演していた舞台をテレビで見て、「女の子なのに男の子! 可愛くてカッコいい!」と衝撃を受け、自分も涼風さんのような存在になりたいと思ったのです。

そこから、宝塚を受験するために、慌ててバレエを習い始めました。当時、うちの家族は茨城県古河市に住んでいたのですが、宝塚受験をするならここがいいと評判のバレエ団が群馬県太田市にあったので、そこまで通うことにしたのです。週6日、学校の前で母が車を停めて待っていて、授業が終わった瞬間に飛び乗り、片道1時間以上の道のりを運転してもらい、群馬の教室まで通う毎日でした。