俺に明るい未来なんてあるのかな――。
ドラマ化で話題、『死にたい夜にかぎって』のその後を描いた待望のエッセイ。
手痛い失恋、家族との確執、そして自らに起きた性の揺らぎを抱えながら、
人生の暗黒期を過ごしていた著者。孤独の中から救い出してくれたのは――。
人生のどん底を「なんとなく」乗り越え、夢を叶えるまでを描いた実話。
冒頭を一挙公開!
爪切男(つめ・きりお)
1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰、20年に賀来賢人氏主演で連続ドラマ化した。本作『もはや僕は人間じゃない』はこの1年後を描いたエッセイである。
まえがき ユニクロの怪人
まさかユニクロで号泣する日が来るとは思わなかった。
二〇一一年の夏、六年間同棲した彼女にこっぴどくフラれた私は、暗黒時代と呼ぶにふさわしい陰鬱な毎日を過ごしていた。
「作家になりたい」という夢を抱き、香川県から上京して八年。ただ日々の生活に追われるだけで、ひとつの作品も書き上げぬまま、気付けばもう三十二歳。こんな口だけ野郎は、彼女に愛想を尽かされて当然である。
それにしても、彼女が私をフった理由が「あなたより面白い人に恋をした」というのはキツかった。しかもその相手がクラブのイケメンDJとくれば、「男は見てくれじゃない、中身で勝負だ」のフーテンの寅さんスピリットで生きてきた私のプライドはズタボロだ。だからといって、別れた女を恨んで生きることほど悲しいことはない。完膚なきまでに叩きのめしてくれたのは、別れ際の彼女の優しさだったと勘違いして生きていこう。
とはいえ、初めて結婚まで考えた女との別れ、その痛手が癒える気配はまったくない。独りぼっちの寂しさから逃れるため、私は自分が暮らす中野の街をあてどなく放浪するようになっていった。
私が乗った瞬間にぶっ壊れた公園のブランコ、十回中九回は食い逃げが成功しそうな寂れた喫茶店、彼女が万引き犯に間違われた本屋、沖縄出身の店員が一人もいない沖縄料理屋、寿司を握るのがとにかく遅い寿司屋さん。この街のいたるところに、彼女との甘い記憶が残り香のように漂っている。
なんの思い出もない場所を探し求め、あちこち散策した結果、ようやくたどり着いた安らぎの地、それがユニクロだった。お互いに古着好きだった私たちは、ユニクロを利用する機会がめったになかったのだ。
駅前の商店街を入ってすぐのところにある三階建てのユニクロ。最初は清潔感溢れる店内を歩き回るだけでも楽しかったのだが、そのうち暇を持て余すようになる。そこで私は、自分の好みではない服や、普通では考えられないコーディネイトで試着をしてみたり、挙句の果てにはフィッティングルームの中で全裸になり、意味なく体育座りをしたりして遊ぶようになる。ようやく自分だけの秘密基地を見つけた子供のように、私はハシャいでいた。