だが、二〇一一年夏、私はその誓いを破り、また墓地へと戻ってきた。
子供の頃と同じように、心の寂しさを死者との対話で埋める腹積もりだ。
アパート近くの墓地を訪れた私は、墓石に刻まれた「名前」と「享年」から、できるだけ若い女性を探しては声をかけていく。「二十三歳で亡くなった樋口茜さん、ちょっとお話をしませんか?」という具合だ。要はナンパである。
ただナンパをするのもつまらないので、「名前」と「享年」という限られた情報から、その女性を頭の中で想像して楽しむ。
もし、わがままを言えるなら、ショートカットの幽霊と話がしたい。願いが叶うなら『Only You』を歌っていた頃の内田有紀ぐらいがベストだ。しかし、考えてみるとショートカットの幽霊をあまり見たことがない。世の中には長い髪の毛の幽霊ばかり溢れている。ショートカットだと健康的に見えて幽霊らしくないからダメなんだろうか。
そんなどうでもいいことを考えているだけで、少しは元気が湧いてきた。この失恋の傷が癒えるまでは、こうしてまた墓地に通い続けるのも悪くない。
「ブブー! ブブー! ブブー!」
ズボンのポケットの中で、携帯のアラームがやかましく鳴っている。そろそろ職場に向かわないとまずい。私は墓地を飛び出して職場のある渋谷へと急いだ。
渋谷の円山町の外れにある趣味の悪い黄土色のビル、その七階にあるWeb制作会社で働き出してもう四年が経つ。
私の主な仕事は、週に一度配信される、音楽、ファッション、グルメなど渋谷のカルチャーをまとめたメルマガの編集作業と、無料エロ動画サイトの運営業務である。
彼女にフラれてからというもの、一人の部屋に帰りたくない私は、自分のキャパを超える仕事を抱えることで残業時間を増やし、二日に一度は職場に泊まり込むハードな日々を送っていた。
誰の目から見ても自暴自棄になっている私を心配した社長に、「社長命令だ。今日は飲みに行くぞ」と夜の街に連れ出されたのは、二〇一一年初秋のことだった。
「失恋した今だからこそ、新しい世界を覗いてみるのもいいんじゃないか」
そう言って社長が案内してくれたのは、新宿二丁目の雑居ビルにある完全会員制のオカマバーだった。会員制だからといって、同じ性的指向の人しか受け入れないわけではなく、私のようなノンケもOK。性別、年齢、職業、国籍を問わず、みんなが和気藹々と楽しめる「MIXバー」の形式を取っているお店だった。
黒を基調とした内装の落ち着いた店内に、インドのダンスミュージックが大音量で流れている。それほど広い店ではないが、バーカウンターとソファー席が用意されており、カラオケセットも完備、中央部分には小さなイベントステージも設置されていた。いわゆるショーパブの造りに近い。
この店の常連である社長の計らいで、一番奥にある豪華なソファー席へと案内される。こういう余計なVIP扱いはなんとも窮屈で仕方がない。
フカフカのソファーに座らされ、私は大きくため息をひとつ。ようやく気分が落ち着いたところで、改めて店内の様子を観察する。
バカ殿様のような白塗りメイクに芸者の恰好をしたオカマ、歌手のKATSUMIみたいな鮮やかなソバージュヘアのオカマ、お尻を左右に揺らしモンローウォークを決めるバドガールオカマ、思い思いの女装をした夜の蝶、もしくは蛾が手狭な店内にひしめき合っている。それはまるで趣味の悪いサーカス団御一行様といった光景だった。でも私は不思議とこの景色が嫌じゃない。