「失礼致します。本日ご一緒させていただくオカマです。私、“トリケラ”と申します」
私たちの席にやってきた赤いチャイナドレスを着た大柄のオカマは、野太い声でそう言って名刺を渡してくる。
「あ、よろしくお願いします」と軽く会釈をしながら、目の前のオカマをちらりと盗み見る。本人申告では年齢は四十二歳だという。私の十個上だ。
一八〇センチはあるであろう上背に、格闘家のような筋骨隆々の体つき。頭にはデビュー当時のSuperflyが着けていたようなヒッピーバンドを巻いている。おそらくオシャレのつもりなのだろうが、どうしてもムエタイ選手の頭飾りにしか見えない。
顔に関しては、逆三角形のシャープな輪郭に、ギョロギョロした目つき。いわゆる爬虫類系のイケメンフェイスなのだが、大きく潰れた団子鼻によって顔全体の迫力が増しており、源氏名の通りトリケラトプスによく似た顔をしていた。
店内BGMがフランク永井の『有楽町で逢いましょう』に変わった。先ほどまでの喧騒が嘘のように、辺りには落ち着いた空気が流れ始める。
「そいつさ、一緒に住んでた女にフラれたばっかりなんだよ。だから優しくしてやって!」という社長の言葉を聞いたトリケラさんは、「元気出さなきゃダメよ」「次の女いきましょ! 次!」と、しきりに励ましてくれる。だが私は、苦笑いを浮かべながら梅酒のソーダ割りを口に運ぶだけだった。
すると「あなた、さっきからアタシの話聞いてる? こういう店だから緊張してる? それともオカマが苦手なの?」と、トリケラさんはちょっと苛立っている様子を見せた。
その通りだ。実は私には、誰にも話したことのない“男”に関する苦い過去がある。本当は墓場まで持っていくつもりだったが、今夜、話してみるのもいいかもしれない。普通の人には話せないけど、この人になら話せる。そんな不思議な安心感がトリケラさんにはあった。
「じゃあ、どこから話そうかな」
あれは今から八年前の夜のことだ。
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