これからの自分を見届けたい

正直に言いますと、犬も母もいなかったら、夫とよく乗ったクルーズ船の舳先から飛び降りて後を追うのもいい、なんて思うのです。

あんなに祈ったのに、あんなにがんばったのに、どうしてうちの夫には奇跡が起きなかったのか。でも、人生に意味のないことは起こらないはずなので、このつらさにはきっと意味があるのでしょうね。

同じように夫をがんで亡くした年上の友人の「つらいのは何年たっても同じよ」という言葉が蘇ります。この気持ちを抱えたまま生きる、その理由が今はよくわからない。それを探すために生きるのもあり、なのかもしれません。

私はどんなふうに這い上がっていくのか、あるいは、這い上がれないのか。今はこんな弱っちいヘタレで、涙がボロボロ流れてどうしようもないけれど、そんな今を噛みしめて、これからの自分を見届けたい。そう思っています。