考え方そのものがとてもシンプルになった
「今年亡くなった夫とは、44年の結婚生活のうち、30年にわたって闘病を支える日々でした。統合失調症で長く苦しんだのです。元気な時は投資をして大損をしたかと思えば、被害妄想から暴言を吐くこともあって。亡くなる前の5年間は施設に入っていましたが、治療代で私の貯金は使い果たし、弟に借金をして病院代にあててきたのです」
その夫が亡くなった時、肩の荷が下りて目の前がパーッと広がったという。
「何度も離婚を考えたけれど踏み切れず、そのせいかずっと、どこか知らない土地で行方不明になりたいという願望が消えなかった。
公務員の私が大黒柱として経済的に支えなくちゃと、長年がんばってきたけれど、逆に肩に力が入りすぎていたのでしょうか。子どもにも手をかけられなかったから、長女は『ママは冷たい』と言うんです。孫も私を邪魔者にする。退職後、気が付いたら自分の建てた家に私の居場所はなくなっていたんです」
今住んでいる寮は、6畳ひと間。ひとり住まいなら十分すぎる空間だ。ひとりの時間にはこの先いつまでここで働くか、ということも考える。暖かいところで育った信世さんとしては、寒冷地の冬の寒さに耐えられるかも気になる。
「同僚の若い子は、冬になったら九州とか暖かい土地に移ろうかな、なんて言っています。そんなこともできるんだ、私もやってみようかと、毎日、22時過ぎたら自由に入れる源泉かけ流しの湯船の中で考えたりして」
自分の身体を動かし目いっぱい働き、スリムになったのは身体だけではない。「考え方そのものがとてもシンプルになったと思います」と、信世さんは静かに語ってくれた。