結局、我慢できなくなり、私は夫を問いつめていた。夫は、切符については女性に予約を代行してもらっただけだと言い訳する。俳句が書かれた短冊も戯れだと言う。社用の携帯電話しか持たなかった彼が、退職した12月から使い出したスマホを取り上げ、私は外に走り出た。

「こんばんは。スマホのメールはなかなか難しいものですね」

「がんばって! 上手に使いましょう Y子」

心臓が激しく鼓動し、上気してカッカとなりながら、メール画面をスクロールしていく。Y子とは、毎朝6時頃から6、7回メールのやり取りをしている。Y子のメールはたっぷり絵文字入り。

「何とかできそうですか?(メールの絵文字) Y子」

「これほど難しいとは。もうくたくた」

「午後お茶でもと思いますが、いかがですか Y子」

Y子とのメールを遡っていくと、箱根や東北への旅行について相談するやり取りも出てきた。このスマホは、夫との連絡のため、Y子が持たせたものだったのだ。貸し借りしたCDの感想、フレンチの食事の約束などが次々に出てくる。

私が体調不良で苦しんでいた間に、夫は素知らぬ顔で不倫していたなんて。震えながら家に戻り、この日はそれ以上の追及はせずに、夫にスマホを返した。

 

夫の部屋で見つけた過去の手帳には

「切符が女房に見つかった。どうしよう」

「落ち着いて。ただ一緒にコンサートに行っただけ。あなたに冷たくしながら、やっぱり女性の影は許せないなんて、困った奥様ですね Y子」

「今回はキャンセルしかないようだ」

「旅館はキャンセルしました。くれぐれもスマホを取り上げられないように。もし私に奥様から連絡が来たら、歴史探究会であなたにお世話になり、今回は私が幹事として切符を手配したのだと言います Y子」

呆れることに、不倫の証拠が見つかってからも夫とY子はメールのやり取りを続けていた。夫の部屋で見つけた過去の手帳には、4年間にわたる不倫旅行やデートの予定が記されている。情けないことに、4年間も私はまったく気づかなかったのだ。

定年間近のくたびれた男に言い寄る女などいない、と思い込んでいた私がバカだった。体調が悪いこともあり、私と夫はもう何年も夜の生活はなかったが、心のなかでは夫を信頼していたのに……。