作家・平野啓一郎さん(撮影:帆刈一哉)
「対人関係ごとに見せる複数の顔すべてが『本当の自分』であるという『分人主義』を提唱しているんです」。作家・平野啓一郎さんが新作小説『本心』に込めた想いはーー(撮影=帆刈一哉 構成=野本由起)

なぜ母は自分を残し、死を選ぼうとしたのか

この小説の舞台は、「自由死」という無条件の安楽死が合法化された近未来です。主人公の朔也は、女手一つで自分を育ててくれた母から「自由死」を望んでいると告げられます。「もう十分に生きたから」という母の言葉を受け入れられずにいたある日、不慮の事故で母が亡くなる。天涯孤独になった朔也は、本物そっくりのVF(バーチャル・フィギュア)として〈母〉を再生し、本心を探ろうとします。なぜ母は自分を残し、死を選ぼうとしたのかと。

実際にオランダなど一部の国では安楽死が認められています。確かに死の瞬間を自分で決めることができれば、孤独に死ぬこともなく、愛する家族と死を分かち合える。でも死の自己決定において本心を見定めるのは難しく、危うさをはらんでいます。答えの出ない問題だからこそ、小説を通して考える価値があると思いました。

高齢化が進む日本でも、今後安楽死をめぐる議論が活発になるでしょう。私は優生思想的な安楽死には強く反対で、人間の生を肯定しています。死を神秘化することには違和感があるし、逆に社会が「死は何でもないこと」と扱うのも怖い。その中間に、リアルな死があるのではないかと思います。