徳川夢声さんからもらった虫眼鏡で見たもの

徳川夢声さんの虫眼鏡も手元に残してある。昭和十七年五月、私は徳川夢声さんの一座と興行で九州に向かっていた。その途中、乗っていた列車が爆撃を受けた。

中村メイコさん。『婦人公論 昭和三十年五月号』より(写真:中央公論新社)

九死に一生を得た私たちがなんとか下関に着き、門司港で汽船を待っているときのこと。ちょうどその日が私の誕生日で、いつもだったら家でパーティをしてもらうのに、戦時下のわびしさに心がふさいだ。

そんな私の気持ちを知った夢声さんが私を街に連れ出して買ってくれたのが、銀色の携帯用虫眼鏡だった。私はもっと女の子っぽいかわいいものが欲しかったのでふくれっ面をしていると、夢声さんはこんなことを言った。

「虫眼鏡は何でも拡大して見えるんだよ。楽屋の畳のヘリでもアリンコでも、見てごらん」

その興行の間、私は何でもかんでも拡大して見た。それはことのほか面白く、私の世界を広げてくれた。

後年、結婚の仲人を夢声さんにお願いしたとき、私はこんなことを言った。

「先生にいただいた虫眼鏡で拡大してよく観察した結果、この人と結婚することに決めました。つきましてはお仲人をお願いできないでしょうか」

虫眼鏡は小さな品なので、捨てずに残してある。今でもときどきその虫眼鏡で、家の中のいろいろなものを拡大して見て楽しんでいる。