落語に引き込まれると、現実を忘れられる

術後1年目の胃カメラ検診に備えて、前日の夕方から何も口にせず臨んだのだが、カメラに映ったのは微量の米粒が残る画像。

「思いのほか消化能力が落ちていることにがっかり。消化の良いものを探し求め、吸収の悪い鉄分はサプリで摂るとか、神経を使う毎日なのに。でも食べ物がからだをつくるということが身に沁みてわかりましたし、歩くことでからだが楽になるのも実感しました」

自分のからだと真剣に向き合うことができた胃がん体験だった。

「つらかったのは、気が滅入ってしまったこと。そんなとき出合ったのが落語です。これも友人のすすめで、ホールで開かれる落語会に足を運んでいるうちに、寄席の魅力にはまりました。噺の世界に引き込まれると、現実を忘れられるんです」

初めはビッグネームの落語会に通っていたが、次第に前座や二ツ目で頑張っている若い落語家の噺を聞く面白さに目覚めたというエミさん。「高額な抗がん剤治療が終わって、木戸銭にお金を回せるようになった」ことも落語会通いを後押しした。

「がんは、先のことはわからない病気です。それだけに、今この瞬間を大切にしたいという思いが強くなったことと、落語というライブの魅力がマッチしたのかもしれませんね。同好の士とチケットを協力して取り、飲み会などで情報交換するのも楽しい。落語のおかげで生活が充実しました」

今や浪曲や講談にまで守備範囲が広がって、月に10回は寄席通い。蕎麦屋を借り切って落語会を開くなど、席亭もどきの活動も始めたという。とくに今年は、コロナ下で客集めに苦労している寄席にまめに顔を出すようにしている。どこか吹っ切れた表情のエミさんが頼もしく見えた。

 


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