講演会などを積極的に行い、著書にサインを求められることも

剛さんは、自らが不治の病となってから、具体的に患者への対応を変えたわけではない。だが、患者一人一人に「自分自身の未来」を重ね、症状緩和や意思決定の手伝いをするようになった。また、無意識のうちに患者への説明や声掛けに魂が宿るようになったうえ、患者が教えてくれたことにより真摯に耳を傾けられている、と剛さんは感じているという。

「亡くなるまでの数日は、ほとんどの人は意識が薄れて『曖昧』な状態になっていきますが、そうなりながらも凛として、あるいは凛としようとして亡くなっていった患者さんにはかっこいいなあ、美しいなあと感銘を受けるのです」

 

小林麻央さんのブログは、がん患者に勇気を

雅子さんは「19年の暮れくらいまでは、剛が苦しんで死んでいくような様子が夢に出てきたりして、眠れませんでした。そういう人を多く見てきましたし……。それでも、すぐに『スキーに行く』とか言うものだから、ちょっと安心したりしました」と振り返る。

そして今、「彼が患者さんから得ている信頼は絶大で、どんな医師も真似できません。私自身もがん患者の身内になって、ご家族の気持ちが前よりわかるようになりましたけど」と称賛するのだ。

それを筆者から伝え聞いた剛さんは、「母のようなオーラはとても出せませんが、僕にしかできないことを開拓したい。医者には喜怒哀楽をあえて出さずに患者さんとある程度の距離を置いて接するタイプと、距離を詰めて患者さんと共に一喜一憂するタイプがいると思います。僕と母は、後者という点では共通しているのでは」と語る。

剛さんは20年8月に『がんになった緩和ケア医が語る「残り2年」の生き方、考え方』を上梓し、講演依頼や取材が殺到したが、現在は新型コロナウイルスの影響で主にリモート開催になっている。また2ヵ月に一度、遺族との懇談会を開いてきたが、2月の懇談会は中止にした。

もどかしい思いをしながらも、剛さんはSNSでも思いを発信している。参考にしているのが17年、乳がんのため34歳で亡くなった小林麻央さんが闘病中に開設していたブログだ。

「がん患者に勇気を与えたブログには、今も世界中の人がアクセスできます。現在も小林さんのブログから私のように勇気をもらっている人が多いのでは」と話す。