対談「男殺し役者地獄」
その雑誌が出てしばらくしてから彼女と会った。
「ガルシア・ロルカって、スペインの絵描きさんよね」
と、彼女はとぼけた口調で言った。たぶん私のキザな文章がよほど照れくさかったのだろう。
話は変るが、私はこれまで対談という仕事を何よりも大事にしてきたし、好きだった。対談のゲラ刷りには、必ず手を入れて編集者を困らせたものである。太地喜和子もそうだった。
1973年に彼女とやった対談のときも、私が手を入れた後に、彼女はさらに加筆と削除を重ねて、その対談はあたかも演芸場での漫談ふうの仕上りとなった。これまで無数の対談をこなしてきた私の対談歴のなかでも、とびきりテンポのある対談だと思う。『オール讀物』の新年号特別対談である。題して、「男殺し役者地獄」。その一端をご紹介する。
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太地 しばらくでございます。お待たせをして申し訳ございません。
五木 最初はいつもこうだな。どこの良家の子女かと思っちゃう。
太地 文学座は、しつけがよろしいものですから。(笑)
五木 ビールでいいですか。
太地 あたくし、水割りをば。
五木 うかがいますが、まさかいま御殿女中の役かなにかおやりになってるんじゃ──。
太地 いいえ。女郎をやっておりますの。水上勉先生の『飢餓海峡』で。
五木 また女郎ですか。なんだかあなたは女郎役が多いね。
太地 そうなのよ。十八番の女郎役。
五木 週刊誌のグラビアで、勝新(勝新太郎)の座頭市かなにかに組みしかれてる写真がありましたね。太股出して、裾を乱したあられもない恰好で。あれも女郎だったな。
太地 よかったでしょう。
五木 勝新がゴツいもんだから、あなたがすごくか細く見えてね。妙にサディスティックな色気があってよかった。
太地 あのラブシーン、おかしいったらないの。あたしが上になって勝新さんが下なのよ。それで、ア、ア、アーン、なんて声だすの向こうのほうなんだから。
五木 あなたが上だったの。
太地 どういうわけかあたしが上。それで座頭市がアッ、アッ、ウフーンって悶えるのよ、映画では。変ってるわね(笑)。ところで、これ、なんの対談? まさかベトナム戦争の見通しとか──。
五木 『オール讀物』の新年号対談。新年号ですぞ。
太地 へえ、新年号。新年号って、ひょっとしてお正月号のことかしら。
五木 そう。お正月女優っていう位だから、編集部じゃ岩下志麻を考えてたらしいけど、なぜかあなたにすり変っちゃった。見てくれは岩下さんだけど、話は太地喜和子のほうが面白いんじゃないかって。
太地 お正月女郎ね。(中略)
五木 新年女優ってのは、やはりオーソドックスに選ぶべきだったかな。心配になってきた。
太地 いーえ、あたしでいいの。ナガシマさんだってあたしのこと、素敵だって言ってくれたわよ。
五木 ナガシマさんって、あの、巨人の長嶋?
太地 そう。対談したの。長嶋ってお正月向きの人じゃない。その人と対談したんだから。
五木 そういえば思い出した。あなた、長嶋の子供が生みたいって言ったとか──。(後略)
『オール讀物』1973年1月号より
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