社会学者の加藤秀俊さんが、亡き妻と過ごした65年間の思いを綴った一冊を刊行しました。もともと発表するつもりはなく、お世話になった方々に配ろうと書き始めた本だったそうですが――。(構成=本誌編集部 撮影=本社写真部)
私小説であると同時に世相史として
2019年9月のある朝、長らく患っていた心筋症の発作で妻を亡くしました。没後の区切りはすべて記念日でしてね。四十九日は文化の日。そして百か日はクリスマスでした。法要を終えたあと一区切りついたような思いになり、その日の晩からパソコンに向かって、原稿を書き始めました。
どこに発表するというあてもありません。自費出版して、お世話になった方にお配りしようか、と考えていたのです。思いがけず、長い付き合いの編集者が「本にしましょう」と言ってくれて、『九十歳のラブレター』という一冊にまとまりました。刊行後みなさまにお送りしたところ、お手紙をたくさんいただきまして。届くたびに、妻の仏前に積んでいます。
わたしと妻は幼なじみ。知り合ったのは、東京・青山にある小学校です。大学入学後に下北沢の駅で再会してからは恋人どうしになり、65年間、二人三脚で歩んできました。わたしたち夫婦の結婚生活は、戦後日本の家庭像がたどった変化と重なっているように思います。この本は、妻の思い出を綴る“私小説”であるとともに、昭和から平成に至る“世相史”としても読めるように書いたつもりです。