デビュー後も続ける土曜日のアルバイト
歴史小説の主人公は歴史上の有名人であることが多いですが、私が興味を持つのは、史料にちょっとだけ顔を出して、その前後はまったくわからない、というような人物。有名人を扱う場合も、あまり語られてこなかった空白の部分に目が行きがちです。
このたび直木賞をいただいた『星落ちて、なお』も、近年注目されている明治の画家・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)を取り上げましたが、彼が死んだところから物語が始まります。娘のとよ(のちの河鍋暁翠)が、凄まじい熱量で絵を描き続けた「画鬼」の父の遺志をどのように継いでいくのか。娘の視点から暁斎の画業を捉えなおしたいと考えました。
歴史上の英雄や有名人のエピソードはほかの先生がたが書かれているので、私は読者としてそれを読めればもう充分(笑)。でも、誰も書いていない人物や設定ならば、自分で書くしかありません。それが私の最大の執筆動機ですし、これからもそんなふうに書いていくのだと思います。
普段は、月曜日から金曜日までは実家にある仕事場に通って執筆しています。夫がサラリーマンなので、できるだけ彼の生活時間にあわせるようにしているんです。土曜日は、母校で事務のアルバイト。朝10時から夕方5時まで、書類作りやコピー取り、先生の雑談相手(笑)などをしています。
アルバイトを始めたのは小説家デビュー前、指導教官が声をかけてくださったんです。その時はアルバイト職員になると大学図書館を使えるのに惹かれて。それに小説家となった現在は、研究の最先端にいる先生がたから、論文にする前の生のお話が聞けるというのも、非常にありがたいです。
日曜日は、あまり仕事はせず、趣味を楽しむようにしています。コロナ禍が始まる前は、おいしいものを食べに行ったり、取材旅行に出かけたりしていたのですが、今はそれもなかなか難しいので、読書をしたり、家で映画を見たりするくらいです。
これからもこの生活はまったく変わらないと思いますね。私の周りを見渡すと、歴史小説を書いておられる先輩がたは、大きな賞を受賞してもマイペースを崩さず着実に書き続けていらっしゃる。その背中を見てきたから、私自身も変わらずにいられそうです。