わが子が受験に受かったような気持ち
直木賞受賞の第一報は、電話で受けました。聞いた時は、ポカンとした気分。「おめでとうございます」と電話口で言っていただいても、あんまり実感がわかなかったというか……いまだにどこか現実感がありません。
受賞となると東京で記者会見があるため、住まいのある京都から上京して担当者と知らせを待っていたのですが、なにせそんなに期待していなかったので、非常にカジュアルな格好で来てしまって。記者会見の時には、編集者のジャケットをお借りしたような始末(笑)。
さらに翌日はたくさん取材を受けなくてはいけないのに、人前に出られるような服がない! 慌てて宿泊していたホテルで着物を借り、着付けだヘアメイクだと右往左往。インタビューが始まる頃にはヘトヘトになりました。(笑)
もちろん受賞したのはとても嬉しかったですし、ほっとしています。しかし、文学賞はあくまで作品にいただくもの。わが子が受験して超難関校に受かった時の気持ちに近いのではないでしょうか。「えらいのはこの作品で、書いた私じゃないんです。褒めるならこの子を褒めてやってください」という心境です。(笑)
ただ、4年前に亡くなられた作家の葉室麟(はむろりん)さんには受賞のことを直接ご報告したかった。9年ほど前、編集者に次回作は絵師の伊藤若冲(じゃくちゅう)を書きたいと申し出たところ、葉室さんがまさに同じ出版社で若冲を題材に書こうとしていらっしゃった。
葉室さんはベストセラー作家で、一方の私はまだ駆け出しでしたから、これはあきらめることになるかなと感じました。そうしたら、話を聞いた葉室さんがテーマを譲ってくださったんです。葉室さんは後進や周囲の人間のことをきちんと考えて、他人事でも一所懸命になってくださるような、優しい紳士でした。