三島由紀夫からの手紙には
──久里子さんの目標とするところは、初代水谷八重子と杉村春子と?
波乃 もう一人、山田五十鈴先生。この方は女役者ね。うちの八重子先生は芸術家、杉村先生は本気に女優でしたね。山田先生の華麗さ、杉村先生の上手さ、うちの先生の深さ……。先生は綺麗だけが先に目立って損しているかもしれないけれど、やっぱりそのすごいところは、深さですね。この3人をミックスしたような女優が出ないかな、と思うけど、無理かしらね。
──三島由紀夫の『鹿鳴館』では、朝子役は初演が杉村春子、のちに新派で初代八重子が演じた。
波乃 私、前半の元新橋芸者という風情と佇まいは、やっぱりうちの先生だと思う。でも後半の朝子がローブ・デコルテを着て、偽の壮士たちを追い払う派手な大芝居となると、杉村先生ですよね。
これについてはとっておきの話があるの。言っちゃおうかな。水谷先生が、どうしても『鹿鳴館』を欲しいって、杉村先生のところにもらいに行ったんですって。そしたら「あなた、やってごらんなさい、私よりいいと思いますわ、って笑ったのよ、お春さんが」って、先生が私におっしゃるの。「あれ、自信よね、自信があるからやらせるんで、ちょっと怖いなと思った」って。
でも日生劇場をいっぱいにして当たりを取ったでしょ。そしたら、その何年か後に、三島先生が「お春ちゃんから来た手紙だよ」って、うちの先生にそれをお見せになったの。「あの朝子は違うんじゃないか、せっかく私のために書いてくれた朝子を……」って大批判が書いてあって、先生はそれを見たとき、自分が勝った、と思ったんですって。だってこれ、ジェラシーでしょ、って。私だったら泣いちゃいますけどね。うちの先生はやっぱり強い女ですよね。
──『遊女夕霧』も新潟訛りの吉原の女の純情に泣かされる芝居です。
波乃 好きな芝居ですね。初演の花柳先生は、新潟弁の衣装屋のおばちゃんをモデルにして、哀れが深くてとても素敵でした。先生が亡くなったすぐあとで、水谷先生が、「私、遊女の役やったことないから一回だけやらせてみて」とおっしゃって。でも泥水に浸かった感じがなかった。天人みたいな人だから、お女郎にはなり切れなかった。
見ていらした川口先生が、「駄目だ、こりゃ」っておっしゃってたのが、楽屋へ行ったら、「八重ちゃん、よかったよ」って。芝居って、そういう世界なんですよ。川口先生も可愛いタヌキでした。