正念場のモチベーション

それにしても、全世界が一斉に同じワクチンを接種するなんて、まるでSF映画だ。生きているうちにこんな経験をするなど、想像したこともなかった。とは言え、まだ接種の見通しがたたない人も大勢いる。受けられた私は幸運だった。デルタ株のせいで「ワクチンさえ接種すれば安心」とは言えなくなったが、重症化のリスクが低下するなら私は喜んで受ける。

接種を希望しない人は別として、受けたいのに受けられない人にはさまざまな理由がある。持病、労働環境、居住地域の自治体が十分なワクチンを確保できなかったなど。日給労働者にとって、副反応で2日程度体調が悪化することは2日分の給与を失うことと同義だ。

「それくらい大丈夫でしょう?」と訝しがる人もいるかもしれないが、いまの日本、特に非正規労働者に生活の余裕がある人などほとんどいない。同じ企業で働く従業員でも、正社員は速やかに接種を受けられる一方、常駐の出入り業者や契約社員には順番が回ってこないという話も聞いた。ワクチン格差は予想以上に広がっている。

強要はタブーだが、公衆衛生の面から考えて、接種希望者には速やかにワクチンが行き渡ることが望ましい。ところが、予定数の確保が困難になったと、自治体から2度目の接種をキャンセルされてしまった話なども耳にする。1度目を無駄にしないために、同一製薬会社が作るワクチンを指定された期間内に接種せねばと、一般企業が市民に提供するワクチン接種の予約に東奔西走する友人もいた。

コロナ禍は前例を見ない困難であることに間違いはないのだが、ワクチン接種のような大規模オペレーションを公平に滞りなく進められるのが日本という国だと私はぼんやり信じていたので、やや面喰らう。他国に比べ著しく接種率が低いわけでもないが、もっとうまくやれる国だと思っていた。

先日、泥酔した男女グループを駅前で見た。我慢強いと言われてきた国民性にも限界がある。飲食店も、十分な補償がないまま店を閉め続けることは困難だろう。医療逼迫の現実を鑑みるに正念場であることに間違いはないのだが、命を守る行動を続けるモチベーションの保ちどころが難しい。


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