イラスト:川原瑞丸
ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。(文=ジェーン・スー イラスト=川原瑞丸)

父らしいエピソード

つい2時間前に、2度目のワクチン接種を終えた。運良く1度目は副反応がほとんどなかったが、「2度目はしんどいよ」と誰もが口を揃えて言う。健康体の私もさすがに怖気づき、熱が上がる前にと急いでこの原稿を書いている。

小さな絆創膏が貼られた左腕を見ながら、私は亡き母親を思った。私が小さい頃、日本脳炎やBCGなどさまざまなワクチンを受けさせてくれたはずだ。副反応もそれなりにあったろう。赤子が苦しむのを見て、さぞ心細かったに違いない。

そう言えば、幼少期になにかのワクチンを接種したあと腕がただれてしまった私を見て、「可哀相で見ていられない。麻雀に行ってくる」と父が家を飛び出していった話を母から聞いたことがある。なんとも父らしいエピソードだ。当時はわが家の定番の笑い話だったが、いまになれば、やはり母の心細さが浮き彫りになってくる。現在の私よりずっと若い母の肩を抱いて、「心配ないよ」となぐさめてあげたい気持ちになった。