思いつきに浮かれていたけれど……
いよいよ試験の日。控えの教室に入ると、ハイヒールを履いた女性が何人も座っています。「ああ、この人たちもみんな受験者なのか」と思い、私は身震いをしました。
ところが、受験者はたった4人なのでした。ハイヒールの女性たちは、つきそいの母親だったのです。私以外の受験者は、アメリカやニュージーランドに住んでいたという帰国子女。シニアの女性の受験生は、ひとりきりでした。
小論文として出題されたのは、長文を読んでまとめるというもの。読解力と深い知識を要求される内容です。何とか書いたものの、満足のいく出来ではありませんでした。
次に面接試験。正直なところ、私は面接を甘くみていました。でもそれはとんでもないことだったのです。
「村上春樹の作品は、昔と今では、どう違うと思うか」。村上作品は大好きで、これまでにたいがいのものは読んできたのですが、あいまいな答えしか出てきません。
「清少納言はあなたよりももっと若いと思うが、なぜ高い授業料を払ってまで入学したいのか。公開講座で十分だと思うが」など、屈辱的と感じるようなことも言われました。
いま思えば、試験官たちは議論をしかけていたのでしょう。でも、動機が不純な私はすっかり萎縮してしまい、何も言えませんでした。試験官たちがうんざりした顔でノートを閉じたのが忘れられません。
結果はもちろん不合格。若返ったつもりで、思いつきで始めたことのボロが出ました。学生は時間をかけて必死で勉強をしているのに、私の準備期間はたった3ヵ月だったのです。
それでも後悔はしていません。試験勉強をしているとき、私は生きがいを感じ、情熱にあふれ、ワクワクドキドキしていたのですから。
実は、年甲斐もない挑戦は、まだまだ続いています。受験から2年後、顔面神経麻痺になり、治療をかねて整体院に行ったところ、先生から思いがけない言葉をかけられました。「ふくらはぎに、きれいに筋肉がついていますね。まだハイヒールも十分履けますよ」。
またしても、情熱と少女の心がよみがえった私。「これからは足で勝負しよう」と決意したのです。ハイヒールを履くだけにとどまるはずもなく、バレエ教室に入学し、もちろん今も続けています。
74歳でバレエをやっているというと、周囲からは「すごいね」と言われますが、年のことを考えていたらもうアウトだと思うのです。「年甲斐もなく……」と言われることこそ、私のエネルギーの源になっています。