脳裏に響いた声
ここでおふくろが亡くなっていればちょっとしたドラマですが、意外にしぶとく、それから20年も長生きしました。
そして死に際にも、忘れがたい記憶を残していったのです。
1999年の7月8日、蒸し暑い日。私は九州の劇場で公演中でした。
いつも、開演前には集中して役に入り込むのですが、その日は開演の10分前になっても、いっこうに身体に力が入らない。メイクすらできません。
――いったい、どうしちまったんだ。
自分でも何がなんだかわからないまま呆然としていると、突然、脳裏におふくろの声が響きました。
「トンちゃん、トンちゃん」
当時、おふくろは入院していて、楽屋に姿はありません。
――まさか!
私は、スピリチュアルなことは一切信じないたちです。しかし、このときばかりはハッとして、カミさんのもとに電話をかけました。
受話器の向こうで、すすり泣く声が聞こえます。
「なんでわかったの? たったいま、お母さんが……」
「やっぱり、そうか」
――俺はまた、親の死に目に間に合わなかったか。