日露戦争のときの大砲の弾を灰皿に
冨士 胸椎骨折で寝返りも打てないほど痛いのに、「10月中には家の中を全部片づけなさい」って電話で言ってくるの。前も、下駄で転んで捻挫したら、家じゅうの下駄を捨てられちゃったのよ! お気に入りの下駄もあったのに。
吉行 心配で、いろいろ腹立たしくなっちゃうんじゃない?
冨士 あなたは、あぐりさんが亡くなったころにだいぶ片づけたわよね。
吉行 兄や妹も先に亡くなっていたし、私がいなくなったとき、何をどうすればいいか誰でもわかるようにしておきたくて。
冨士 私はダメだわ。もともと荷物が多いうえに、築100年以上の静岡の実家を畳むとき、祖父が手づくりした時計や小机や長火鉢に、日露戦争のときの大砲の弾を灰皿にしたものとか全部持ってきたから、いよいよすごいことになっちゃった。でも思い出があるし、簡単には片づけられないのよ。
吉行 持っていればいいじゃない。思い出に囲まれて暮らすのも、悪いことじゃないと思うわ。
冨士 人のことだと思って(笑)。自分だったら、とっとと捨てちゃうくせに。
吉行 ものにつまずいて転ぶ心配だけはしたほうがいいと思うけど。
冨士 姉が昔、裏に滑り止めのついたソックスをくれたの。最近クローゼットから発見してはくようにしたら、これがいいのよ。歩き出すときは、お能のすり足みたいにかかとをつけて、尻もちをつかないように用心しているわ。