1人でもお客様がいる限り
いやあ、2020年の4月から6月にかけて、仕事はほぼ全滅でしたね。かかってくる電話はすべて、仕事のキャンセルか延期の連絡。この時期の噺家たちは、もう電話をとるのもメールを見るのもイヤ、という思いだったんじゃないでしょうか。
立派なホールに限らず、どんな小さなスペースでも、お客様と座布団があれば、われわれは仕事ができます。反対に、お客様がいなければ仕事になりません。そんななか、寄席が休みになったことには本当にびっくりしました。戦時下でも開いていたというのに、緊急事態宣言の前ではどうにもならなかったんでしょう。
そもそも寄席は、雨が降ろうが槍が降ろうが、365日開いているところです。台風で「外出は控えるように」と報道されていても、関係なし。だって、どうやって来たのかはわからないけど、必ず1人はお客様がちょこんと客席に座っているんですから。(笑)
その方のために、何人ものご老人――あ、いや先輩方が命がけで家からやってきて、高座に上がる。それが私の知っている寄席というものでした。だから寄席休席という事態は、すべての噺家にとって衝撃的な出来事だったと思います。
仕事がなくなっても、当初はあっけらかんとしていました。3人の子どもたちはまだ小さいので、この先お金はかかりますが、なにせうちはカミサンがしっかりしている。しかも、「いずれ近いうち、夫は真打になる」「そしたらその披露目で何かと物入りになる」とコツコツ貯金してくれていたんです。贅沢さえしなければなんとでもなる。そう思っていました。
でも、仕事というのは稼ぎの問題だけではないんですね。5月の末にもなると、だんだん心が乱れるようになりました。職業替えも考えなければならないんだろうか。そんなことを思って子どもたちの寝顔を見ていると、悲しくなる。