****

【植物の話】何故花は匂うか
牧野富太郎先生のお話

花は黙っています。それだのに花は何故(なぜ)あんなに綺麗なのでしょう? 何故あんなに快く匂っているのでしょう? 思い疲れた夕(ゆうべ)など、窓辺に薫る一輪の百合の花を、じっと抱(いだ)きしめてもやりたい様な思いにかられても、百合の花は黙っています。そして一寸(ちょっと)も変らぬ清楚な姿でただじっと匂っているのです。

牡丹の花はあんなに大きいのに、桜の花はどうしてあんなに小さいのでしょう? チューリップの花にはどうして赤や白や黄や色々と違った色があるのでしょう? 松や杉には何故色のある花が咲かないのでしょう。

貴女方はただ何の気なしに見過ごしていらっしゃるでしょうが、植物達は、歩くことこそ出来ませんが皆生きているのです。合歓木(ねむのき)は夜になると葉を畳んで眠ります。ひつじくさの花は夜閉じて昼に咲きます。豆の蔓は長い手を延(のば)して付近のものに捲きつきます。一枚の葉も無駄にくっついてはいないのです。

八ツ手の広い大きな葉は葉脈にそって上から下へ順々に、なるべく根の方に雨水を流して行きます。チューリップの様な巻いた長い葉は幹にそって水が流れ下りる様に漏斗(じょうご)の仕事をつとめています。陽が当ると葉は、充分に身体をのばして、一杯に太陽の光を吸い込んで植物の生きて行くのに必要な精分である炭酸を空気の中から吸収します。根からは水分と窒素があつめられます。そうして植物は元気よく生きて行くのです。