老いの形が変わる可能性も

老化細胞を活性化させてしまうGLS-1を阻害する薬を発見したことで、具体的に何ができるのかを考えました。

まず思い浮かんだのが、早老症の患者さんへの投薬です。これは普通の人であれば80年かけてゆっくり老化していくところを、20年、30年で急激に老化していくという病気です。この早老症のひとつであるウェルナー症候群は国から難病指定されています。

この病気の原因遺伝子は、すでに特定されています。正常なWRNヘリカーゼという遺伝子がつくられないために発症してしまうので、この遺伝子をすべての細胞に入れ戻すということが唯一の治療方法となるわけですが、数個の細胞に入れ戻す程度であれば可能でも、人間の全身にある60兆個もの細胞すべてに遺伝子を入れ戻すなどということは、ほぼ不可能です。

その意味では、老化細胞だけを狙い撃ちして除去していけるGLS-1阻害薬を、難病ウェルナー症候群に苦しむ人たちの治療にぜひ役立てたいと考えています。そのほか、加齢に伴う腎機能不全によって人工透析を余儀なくされている方たちなど、ほかの治療法がないというような疾患に苦しむ方たちに優先して、GLS-1阻害薬を使っていきたいと考えています。

高齢化が顕著な私たちの社会において、フレイルや認知症など、「老化細胞の除去」によって改善すであろう症状を抱えた方はたくさんいらっしゃいますから、症状に合わせた投薬が進んでいけば、それぞれの改善が見込めるだろうと思っています。

いずれ、究極的には60歳や70歳になった方たちがみなさん投薬を受けることで、老化を遅らせる、あるいは老化現象を改善させる、といった形で薬が活用されていけば理想ですね。

高齢になっても、老化細胞が蓄積されなければ炎症も起きず、臓器も筋肉も皮膚も若々しさを保つことかができると考えられますから。

つまり、この薬によって「老い」の形が、近い将来、変わる可能性があると私は考えているのです。

〈後編につづく

※本稿は、『老化は治療できる!』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。


『老化は治療できる!』(著:中西真/宝島社新書)
近い将来、人類は老いることから
解放されるかもしれない――

歳をとっても、30代の頃と変わらない容貌と肉体を維持できたら――そんな夢のような話が近い将来、実現するかもしれない。東京大学医科学研究所などの研究チームは2021年1月、マウス実験から「老い」の原因となる「老化細胞」を除去する薬として「GLS―1阻害薬」を見出した。この薬には老化した人間の肉体も若返させる可能性があるというのだ。研究チームの東大教授が、老化のメカニズムと「アンチエイジング治療薬」の可能性を解説する。