「30歳の時も40歳の時も、私は『このまま人生が終わるのは悔しい』と心の奥底で思っていました。」(若竹さん)

茂木 その若竹さんの稀有な才能が表現の場を得たのが、カルチャーセンターの小説講座ですよね。先生の根本昌夫さんは、多くの作家を世に送り出しています。

若竹 最初はすごく反発していたんですよ。「お前の小説は『うたいすぎる』」と言われたけど、意味がわからなくて。だいぶ後に、私は悲しいことを「こんなに悲しい」と書いていたことに気がつきました。それではうまく伝わらないんですよね。悲しんでいる自分を遠くから見て、ちょっと笑える視点を持てた時に、書くものも変わってきた気がします。

茂木 子どもの脳が小学校で過ごす6年間で急激に成長するのは、先生の指導により自分を客観視する視点を持つからです。シニアは経験や知識があるぶん、他人のアドバイスを受け入れるのが難しくなるのですが、若竹さんは自分を客観視して成長することができた。

若竹 私は絶対、若い頃より今の自分のほうが賢いと思います──あくまでも「当社比」ですけど。(笑)

茂木 可能性は誰にでもある。問題は、エイジズム(年齢に対する偏見や固定観念)です。3年前、ある講演会で世界最大の動画配信サービスNetflixのトップが、「性別や年齢によるマーケティングはまったく無意味だ」と発表しました。

世界中から集めた膨大な顧客データを分析した結果、たとえば女性だから、65歳だから「こんな映画が好きでしょ?」と決めつけることはできないと。若竹さんを見ていると、「何歳になっても脳は成長する」という最高のモデルを見ているようで、脳科学者としてワクワクしますよ。

 

「私」という存在はひとつではない

若竹 30歳の時も40歳の時も、私は「このまま人生が終わるのは悔しい」と心の奥底で思っていました。表面的には穏やかな気の優しいおばちゃんに見えるかもしれませんが、それは世を忍ぶ仮の姿。地の私はけっこう戦闘的な人間です。夫が亡くなった時も、「自分を騙し騙し、幸せになるよう頑張ってきたのに、その小さな幸せさえ私から奪うのか!」という怒りが小説に向かう力になりました。

茂木 脳科学的に言うと、ネガティブな感情とポジティブな感情は脳の部位としてほぼ表裏一体。悔しさや怒りなどネガティブな感情も、上手に利用すればポジティブな行動力に変換できます。