シニアにこそ描ける世界がある
若竹 今連載している作品は、「音が聞こえるような小説」にしたいと思って書き始めました。『おらおらで〜』は桃子さんの脳内で自己完結している話だったので、今度は主人公と他者の関わりも書いてみたいのですが、これがなかなか難しくて。
茂木 苦戦していますか。
若竹 デビュー作が多くの方に読まれ、「一丁上がり」と思った時期もあります。3年経って、やっと小説そのものに対する欲が出てきたというか。良い小説を書かねばと、目の前にニンジンをぶらさげる気持ちで走っています。年齢を重ねていますから、体力的にはしんどいですけれど。(笑)
茂木 認知症予防など脳のアンチエイジングに関わるドーパミンは、何かに挑戦をして、乗り越える経験をすると分泌される。若竹さんの脳年齢はむしろ若返っているはずですよ。
若竹 そうだといいですね。結末も考えずに見切り発車したものだから、どうまとめようか悩んでいます。朝から晩まで、何となく頭の中で考えている状態です。
茂木 悩んでいる時、脳の中では「何か使えるものはないか」と探し回っています。記憶の引き出しをあっちこっち開くみたいに。するとますます脳は活性化する。それが「私、悩みなんて何もない」と落ち着いてしまうと、脳は「じゃあしまっておきますねー」って引き出しを閉じちゃう。そのうち何が入っているかも忘れるのがボケの始まりです。(笑)
若竹 引き出しのあっちこっちって、すごくよくわかります。
茂木 だから文学は、シニアにこそ向く表現方法なんですよ。年齢を重ねて経験や思考の幅を広げたからこそ描ける世界がある。お能の宗家から「時分の花とまことの花」という話を伺ったことがあって。若い生命が咲き誇る「時分の花」に対して、自分という一人の人間だけが持つ本質的な「真の花」は、いくつになっても花開く可能性を秘めています。
若竹 目の前のニンジンが一本増えた気分です。いまのお話を励みにこれからも頑張ります。