雑談する力は最も高度な脳の能力

若竹 夫が亡くなった後、友人に誘われて駅前の女性専用スポーツジムに通い始めたんです。そこで同年代の女性たちが楽しそうに体を動かしたり、「今晩のおかず何にする?」と話したりしているのを見ると、ああ女の人って可愛いなあ、一人ひとり豊かな世界を持っているなあ、と嬉しくなります。

茂木 今の話で思い出すのが、雑談の力です。雑談ってサルの毛づくろい行動から発達したものと言われていて、人間同士の絆を深める重要な手段。人工知能がいまだに再現できない最も高度な脳の能力と言われています。

男って、女性の雑談を「くだらない」って馬鹿にするけれど、実は脳科学では最先端の研究分野なんです。雑談は、あらかじめ「この話をしよう」って準備ができないでしょう。脳に蓄えられた記憶やボキャブラリーを臨機応変に取り出し、組み立てなきゃいけない。瞬発力や創造性が問われるんです。

若竹 茂木さんは、雑談が得意そうですね。

茂木 僕は見た目からおばさんだから(笑)。かつて留学していたケンブリッジ大学には、「ハイテーブル」と言って研究者たちが食事しながら雑談する席がありました。分野も違えば年齢も国籍も違うノーベル賞クラスの研究者が集まっておしゃべりをする。ああいう伝統が、日本の大学や研究所には乏しいと思う。

若竹 面白いですね。

茂木 ご出身の岩手県の遠野のあたりは雑談の文化が脈々と伝わっていそうですね。

若竹 祖母はよく家で裁縫をしていたのですが、そこに近所のおじいさんおばあさんがお茶を飲みに集まるんですね。それで「あそこの娘が嫁に行った」「息子が商売をして、最後はかまけした」──「かまける」はかまどを返すってことで、要するに破産です──、そんな話を漬物をつまみながら、延々とするわけです。

茂木 最高じゃないですか!

若竹 子どもの頃は嫌でしたよ、人の家のゴシップばかりで。でも今になってわかります。あの年頃の田舎の人は本も読みませんから、ああやって人生について考え、納得していたんだろうと。キセルを火鉢にカーンとぶつけて、ぷっと吹いて「ああいうことすっと、かまけるんだ」「んだな」って。あれが私の『遠野物語』ですね。

茂木 目に浮かぶようだなあ。若竹さんは耳で聞いて、記憶に残すタイプじゃないですか。

若竹 知らない言葉を聞いたら、音で覚えておいて辞書で確かめます。

茂木 目で「読む」のは何度でも後戻りできるけど、耳で「聞く」のはその場限りだから、瞬間をつかむ脳の力が発達するんです。