『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』(著:上野千鶴子、NHKグローバルメディアサービス 、テレビマンユニオン/主婦の友社)

労働市場の底辺に置かれた日本の女性

もうひとつのケアの市場化オプション、つまりあなたの稼いだおカネで、市場から有償のケアサービスを買いなさいという選択肢のコストは何でしょうか。

そういう場合には、自分が稼ぐおカネのほうが市場で買う家事・介護サービスより高くなければなりません。そのための条件が、家事サービスを安い値段で提供してくれる低賃金労働者の存在です。

市場にあるチープレイバーとは、海外の場合、しばしば移民労働力や農村女性が担います。そういう社会は、高い賃金を稼ぐ女性とそうじゃない女性とのあいだの格差が大きい社会です。

日本はどうでしょうか。出入国管理法を改正して、これまで日本人に代替できない高度人材に限定して就労ビザを発行してきましたが、これからは育児・介護労働者のような非熟練労働者を入れるといいだしました。

ですが、規模はまだまだ小さいままです。日本の外国人政策は、ドアのすきまをちょっとずつ開けて、様子見をするというようなやり方です。

これから将来、日本は移民国家になるのか。もし日本が移民国家になったら、あなたたちは自分の子どもをナニーやベビーシッターに預けて働きに出るのか。それとも、こういう選択肢を選ばないのかが日本の女性にも問われるでしょう。

もうひとつ、アジア型解決という選択肢があります。つまり祖母力頼みです。

それも世帯分離によって、しだいに困難になってきました。このような国際比較からわかることは、現在の日本には、ケアの公共化オプションも市場化オプションも、どちらの選択肢もないことです。その結果、ケアの負担をすべて背負っているのが、女です。したがって、ケアの負担を背負った女性が、労働市場の底辺に置かれる結果になります。

海外で「日本の女の地位はなぜこんなに低いのか」を説明する際に、こういう表現をするとよく理解してもらえます。

「日本では、ジェンダーが、ほかの社会における人種や階級の機能的等価物(同一機能を果たすもの)として作用しています」と。この構造が変わらないかぎり、日本の女性が男性と対等に働く条件は実現されそうもありません。このように、誰がケアを担うのかというのは、大きな問題です。