今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『マザー・マーダー』(矢樹純著/光文社)。評者は書評家の東えりかさんです。

どの短編にも意外な犯罪や信じられない嘘が

監視する隣人、家族の裏切り、長い引きこもりからの自立、中学生時代のいじめ、母殺し。

本書はホラー小説におあつらえ向きの舞台が5つ設えられた連作短編集である。

話の中心は荒れ放題の一軒家に住む梶原家だ。母の美里はおそらく50代半ば。150センチに満たない、小柄でずんぐりした体形をしている。普段は笑顔で挨拶を交わすのに、息子のことになると過剰に攻撃的になる。

最初に餌食になったのは隣に越してきた佐保家である。若い夫婦と幼い娘が出す生活音が息子の気に障ると、神経質なクレームをよこす。どうやら美里の息子は長く引きこもっているらしい。

次に関わりを持つのは、看護助手として働く同僚、相馬だ。病床が80床に満たない小規模病院は慢性的な人手不足で忙しいうえに、美里の息子自慢に辟易している。

しかしさすがに息子を自立させたいと考えたのか、自立支援施設に〈引き出し〉の相談がきた。施設に入居するよう当事者を説得するため、職員は梶原家に向かう。

美里の息子の名は恭介という。彼が引きこもりになった原因は中学時代のある事件がきっかけだと思われる。同級生の城戸千春が彼とトラブルになっていたのだ。

それから約20年後、恭介が母親殺しと死体遺棄で逮捕された。特異な事件と端正な顔立ちをしている恭介にマスコミやネットは飛びつき、〈引きこもり王子〉という愛称がついた。騒ぎが一段落したのち、あるフリーランスライターがノンフィクションを書くために彼を訪ねる。

どの短編にも意外な犯罪や信じられない嘘が隠されている。確かに暴かれたくない過去など、歳をとれば誰だって持っている。だが最終話、伏線がすべて回収された瞬間「やられた」と思う。悔しさとともにミステリー小説を読む醍醐味を堪能した。