伊藤さんの申し立てを報じる1992年4月11日『朝日新聞』(西部版)と、判定の結果(1994年8月20日『産経新聞』、同『朝日新聞』夕刊)。これを不服とした夫妻は辞表を提出した

夫に一矢報いたい。男性でも育児はできるのだ

思えば、夫とは45年にわたり、同じ職場の同僚として働いてきました。私が働くことには賛成していても、やりたい仕事がたくさんある夫は、育児に協力的だったとは言えない人。その一つひとつの出来事を、私はけっこう執念深く覚えているのです(笑)。取材を受けるにあたり、協力的ではなかった理由を尋ねてみました。すると、「自分の仕事のほうが重要だと思っていた」なんて言うのです。

いまや医学部生の4割が女性ですが、私の医学部時代、女子学生は何人もの指導教授から「キミたちはなんで医者に? いい嫁さんになればいいじゃないか」とたびたび言われたものでした。それも授業中に公然と、です。しかし、働く女性が増えたことで共稼ぎ世帯が6割を超えたいまもなお、こうした女性観が根強く残っていることが残念でなりません。

大学院への進学を決めたのも、その研究テーマを「育児の共有」にしたのも、若い世代の育児の現状を小児科医としてアンケート調査してみたかったから。男性にも育児を担う責任が半分あるのに、極端に分担が少なかった夫に一矢報いたい、という気持ちもありました。(笑)

女性には母性があるから育児をするのが自然、と言う人がいますね。でも母性だけで育児はできない。小児科医の立場で言えば、育児はノウハウであり、毎日が学習です。そして、そのスキルは男性も身につけることができるはずなのです。

最近の研究では、出産時期が近づくにつれて、父親の体内のテストステロンという男性ホルモンが少なくなることがわかってきています。父親自身に育児の準備ができていることからもわかるように、育児は決して女性にしかできないものではないのです。