古民家を夫婦で少しずつ改装。キッチンには業務用のシンクや調理台を設置した(写真提供:『ちょっとフレンチなおうち仕事』[ワニブックス]より)

家政婦の力をもっと利用して

私は18歳でフランス料理に出合い、フランス人から「食べる、つくる」を楽しむことを教わりました。素敵だなあと感じたそのときから、フランス料理への思いはまったく変わっていません。料理人を辞めたあと、ケータリングのシェフとか、ほかにも仕事の選択肢はあったかもしれません。でも、ハレの日の食事ではなく、「日常の食事づくり」にこだわりたかった。レシピとか、料理の技術といったことより、食事を楽しむことの大切さを伝えていきたい。その一心が、いまの仕事に繋がったんだと思います。

あんなに勉強して、働いて、すべてのお金と時間を、フランスを知ることに費やして。それなのに「なんで家政婦なのかな」「なんで私は掃除しているんだろう」と思ったことがないと言えば、嘘になります。最初のころは、掃除中に泣きそうになったことも何度もあって、家政婦をしていることを、夫以外の誰にも話せませんでした。

かといって、私がレストランの世界に残りたかったかと言えば、それは違うでしょうね。レストランで働く人の最終的な目的は、やっぱり自分のお店を持つこと。でもそういう夢を、私はみんなのように抱けなかった。その苦しさをうまく言葉にできず、伝えることも相談することもできなかった。

テレビ取材の話がきたとき、最初は抵抗がありました。勤めていた店を裏切るような形で辞めているので、関わった人すべてに顔向けできないという気持ちは、いまも変わっていません。

ただ番組の反響を受けて、家政婦への世間の見方が変わったことはよかったと思っています。周りに頼れる人もなく、仕事から慌ただしく帰ってきて食事の支度をし、食卓を家族と囲む時間も持てずに、ほかの家事をして。そんなご家庭を私たち家政婦がちょっとお手伝いするだけで、「久しぶりに、家族で食事を楽しむ時間が持てました」と喜んでいただける。

料理人時代の私は、朝から晩まで働きづめで、世の中の人がどんな生活をしているか、興味も、知る機会もありませんでした。なにも知らずに「フランス料理をゆったり楽しんでほしい」なんて言っていたのか、と家政婦になって気づいたことはたくさんあります。

でも、こうして悩み、数々の挫折をしてきた自分の生き方を、いまはようやく受け入れられるようになりました。生まれ変わっても、またいまの仕事がしたいと思っています。