その日、松谷のバンドは運よく横田空軍基地の仕事にありついた。トラックの荷台に座っていると尻が痛かった。我慢して、ようやく基地に着いて下士官用のクラブに入ると、大きな張り紙が目についた。
「Stag-Night」(スタグ・ナイト)と書いてある。
スタグとは、五歳以上のアカシカ(鹿)のオスのことだった。アメリカのスラングで「女性同伴でない男」を指すというが、メンバーには意味が分からない。
演奏をはじめたが、下士官連中は退屈そうにビールを飲んでいる。休憩に入ると、控室で数人の若い踊り子が伴奏曲の打ち合わせに来た。彼女たちが注文したのは『べサメ・ムーチョ』と『タブー』だった。情熱的なラテンの曲が好みのようだった。
ショーの時間になった。小ホールの奥、舞台中央の後列でピアノを弾いていた松谷は、「踊り子は出たか」と、顔を客席の方に向けて、あっと驚いた。バンド最前列のサックス奏者のすぐ前に、全裸の女性が見えた。数小節間の静止。演奏が始まりスポットライトを浴びた女性が踊り始めた。メンバー全員、ただただ、驚くほかなかった。
マネージャーの言葉通り、なるほど「ごきげんな仕事」だった。若い独身者の多い楽団員は、横田から鎌倉という遠路のトラック走行にも興奮冷めやらず、深夜に松谷宅に到着した後も、話に花が咲いたのだった。