互いに補い合いながら災害に立ち向かう人々の物語

主人公のアイシャは、生まれたときから植物が香りで行っているやり取りを自然に感じて生きてきた少女で、様々な香りの意味を、交わされている声を聞くように理解しています。

彼女が生まれたのは、はるか昔〈香君〉という“活神”がもたらした作物〈オアレ稲〉によって発展した帝国の属国です。痩せた土地でも育ち、冷害や病害虫にも強いオアレ稲は、まさに奇跡の稲で、人々は、オアレ稲に過度に依存し、社会も経済もそれを軸に成り立っています。

しかし、そんなオアレ稲に虫害が発生。アイシャは〈香りの声〉を聞く力を生かし、当代香君とともにオアレ稲の謎に迫っていきます。

こういうあらすじを知ると、主人公が人並外れた嗅覚で世界を救う話かと思われるかもしれませんが、読んでいただけたら、きっと、そういう物語ではないことを感じていただけると思います。

人には、自分では感じられないことでも、想像し、理解する力があります。この物語は、〈香りの声〉を感じることはできなくとも、アイシャと共に考え、それぞれの能力を活かし、互いに補い合いながら災害に立ち向かっていく人々の物語なのです。

この世に起きる災害の多くは、人類が、すでに何度も経験してきたことです。自然災害も戦争も。それなのに、災害が起きるまで、私たちはつい、そんなことはまず起きないだろう、と思いながら過ごしてしまう。

それでも、未来を想像し、地道な努力を重ねて、少しでも良い道を拓こうとしている人たちがいて、私たちは、なんとか命脈を繋いできたのでしょう。

『香君〈上〉西から来た少女〈下〉遥かな道』 文藝春秋 各1870円