どんな道をたどろうとも、必ず苦しみも光もある

私が『香君』を書き始めたのは2019年で、パンデミック前でしたが、現実にパンデミックを経験して、とても心に響いたのも、そのことでした。

感染拡大の直後から、世界中の研究者がウイルスの遺伝子情報を解析し、共有しました。それができたのは、その技術があったから、そして、見出したことを共有しようと思う――人類全体を思う気持ちがあったからでしょう。

長年研究を続けていた人たちのおかげで、患者を救う方法が少しずつ洗練されています。人間が多様であることの意味は、ここにある。人類の英知が結集するさまを見ている思いがしました。

人間は経験を記録に残すことができます。過去の記録に学び、今の経験を記録して未来の人々を助けることができる。しかし、なかなか、こうした経験を活かすことができないこともある……。

私は、この世の諸問題には、100%の解決は存在しないだろうな、と思っています。ひとつのことは別の何かにかかわり、あることを優先すれば、別の何かを捨てねばならない。さまざまな事象が絡まりあい、流動していく世界に私たちは生きているので、どんな道をたどろうとも、そこには必ず苦しみも光もあるのでしょう。

他の人にはわかってもらえぬ感覚で世界を感じているアイシャは孤独だと言いましたが、そのことにも、光はある、と私は思います。他の人は気づかぬことに、気づくことができるのですから。

『香君』は超越者の物語ではなく、孤独であることを光に変えて歩んで行こうとする少女の物語なのです。