ローマ時代のカエサルのコイン(写真:『肝臓のはなし-基礎知識から病への対処まで』)

肝臓による占いが歴史を変えた

とはいえ、「鳥卜官」「臓卜師」という役職があったほどですから、占いによる意思決定は、ある程度の社会的信頼を勝ち得ていたと推測できます。

ちなみに鳥卜官というのは、古代エトルリアからの伝統を引き継ぐ古代ローマの官職ですが、やがてローマ特有の「最高神祇官」と呼ばれる官職も出てきます。

共和政ローマでは、最高権力者である執政官でも、任期は1年、しかも権力が集中しないように2人を選ぶようにしていました。しかし、この最高神祇官だけはたった1人で、任期もありませんでした。

カエサルは何度も連続して執政官になりましたが、キャリアのもとをたどれば、最初に最高神祇官に選ばれたことが大きかったようです。

彼はこの立場を利用して、共和政ローマの世界でキャリアを駆け上ります。彼は実質上、共和政を終焉に導き、帝政の道を開きましたが、以後、最高神祇官の役割は、皇帝がこれを兼ねるようになります(ただし、初代皇帝アウグストゥス自身は自らを皇帝ではなく、元老院の中の「第一人者」と呼びましたが)。したがって実質上、カエサルは最後の最高神祇官を務めたことになります。

合理的な現実主義者のように思われているカエサルですが、彼も肝臓による占いの結果には気を揉んでいたようです。

スエトニウスが著した『ローマ皇帝伝』には、暗殺される当日、危険が迫っていると告げる臓卜師に対して、凶兆を覆すようなしるしを得るために自ら多くの動物を犠死させ、結局、吉兆を得られぬまま元老院に向かう彼の姿が描かれています。
 

※本稿は、『肝臓のはなし-基礎知識から病への対処まで』(中公新書)の一部を再編集したものです。


肝臓のはなし-基礎知識から病への対処まで』(中公新書)

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