熱帯から広がったE型肝炎ウイルスの脅威

C型肝炎は、B型肝炎とくらべても血液中のウイルス量がはるかに少なく、発見の困難なウイルスだったとのこと。当然、その予防法や対策も闇の中でした。(画像提供:イラストAC)

E型肝炎ウイルス発見の興味深いエピソードを紹介しましょう。E型肝炎の実態は、長らく謎に包まれていました。A型肝炎は、熱帯、温帯など地域にかかわらず発生しますが、E型肝炎は、従来は熱帯や亜熱帯に限定されていた感染症だったと言われています。

昔からインドやメキシコには存在していたとされていますが、A型肝炎の診断ができるようになるまで、その区別をすることは不可能でした。

はっきりしたE型肝炎の初めての記載は1970年代後半、インドのカシミール地方で起きた大流行です。5万人以上の患者が発生し、2000人近くが亡くなりました。これは水を介した感染による急性肝炎でしたが、A型肝炎とは異なるものだということしかわかりませんでした。

1978年に、突如、当時のソビエト連邦がアフガニスタンに軍事介入し、アフガニスタン紛争が始まります。すると、北から侵攻したソ連軍の兵士のあいだで未知の黄疸が広がりました。ロシアのウイルス学者ミハイル・バラヤンは、ソ連軍兵士の患者の糞便を入手しますが、モスクワまでそれを持ち帰る冷蔵庫を持ち合わせていませんでした。

彼は、病因究明のため、この糞便を濾したものを「勇敢にも」自ら飲むことを選びます。彼はA型肝炎の抗体をもち、流行性肝炎にはかからないはずでしたが、かなり重篤な急性肝炎を発症しました。

生きるか死ぬかという状況の下、彼はモスクワに戻り、自らの糞便を集め、研究の材料としました。そして1983年に、その糞便試料の中から、E型肝炎ウイルスを同定することに成功したのです。

バラヤンによるE型肝炎ウイルスの発見は文字通り「命がけ」のものでしたが、他の肝炎ウイルスの発見に関する論文のように、サイエンスやJAMA、Gutなどの業界内外で知られる一流誌に掲載されることなく、Intervirology 誌という、比較的地味なウイルス系の雑誌で報告されることになりました。