ついに発見されたC型肝炎ウイルス

もうひとつ、誰もが発見に躍起になっていた、A型でもB型でもない輸血後に起きる肝炎がありました。C型肝炎です。その原因ウイルスは、1989年にようやく発見されました。C型肝炎を引き起こすウイルスは、分子生物学的な手法を用いて発見された最初のウイルスのひとつであるといわれています。

先述のとおり、ウイルスは一般的には遠心機での濃縮や、鶏卵や培養細胞に感染させてウイルスを増やし、その試料を電子顕微鏡で観察するなどの手段を通じて発見されます。しかし、C型肝炎ウイルスはこのような古典的な方法ではまったく歯が立ちませんでした。

C型肝炎ウイルスは、まず細胞に感染しません。したがって、ウイルスを増やすことができません。そして、これはあとからわかったことですが、C型肝炎は、B型肝炎とくらべても血液中のウイルス量がはるかに少なく、とりわけ発見の困難なウイルスだったのです。当然、その予防法や対策も闇の中でした。

そんな厄介なC型肝炎ですが、米国のカイロン社というベンチャー企業の研究者マイケル・ホートンがまったく新しい方法で捕らえることに成功します。彼はまず、ウイルス同定の試料としてチンパンジーの血液を選びました。

すでにハーベイ・オルターが、輸血後の肝炎患者の血清をチンパンジーに接種すると、A型でもB型でもない肝炎が起こることを証明していたのです。マイケル・ホートンらは、感染したチンパンジーの血液からRNA(リボ核酸)を抽出し、それを逆転写してDNAを合成しました。

DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の四種類の「文字」からなる遺伝子です。これをもとにすれば、たくさんのタンパク質をつくりだすことができます。

そして、つくりだしたタンパク質を、C型肝炎の回復期の患者の血清と反応させました。患者の血清には、未知のウイルスに反応する抗体があるはずだと考えたのです。このようにして、ホートンはC型肝炎ウイルスのゲノム(DNAの文字列に表されたすべての遺伝情報)の一部であるDNAを入手しました。1988年のことです。

この遺伝子の断片を手がかりに、その後、ウイルスの全長にあたるRNAのクローンがつくりだされました。また、1997年には、米国のウイルス学者チャールズ・ライスが、このRNAをチンパンジーの肝臓に打ち込み、肝炎を再現することに成功しました。

19世紀末、ロベルト・コッホは、感染症の病原体を特定する際の指針としてコッホの三原則を提唱しました。それは、(1)ある一定の病気には一定の微生物が見出されること、(2)培養細胞を用いてその微生物を分離できること、(3)免疫をもたない動物に分離した微生物を感染させると同じ病気が起こること、の3つです。これを満たせば、それはその疾患の病原体として認めることができるというのです。

C型肝炎は、DNAのある一部分を増幅するPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)を用いると、その原因ウイルスが患者の血液から検出されます。そして、分子生物学的な方法を用いることで、ウイルスのゲノムを純粋な形で分離することができました。

さらに、そのゲノムから得られるRNAが、チンパンジーに対して病原性を示したのです。コッホの三原則を満たし、C型肝炎ウイルスの存在を証明したオルター、ホートン、ライスの3人には、2020年にノーベル賞が授与されました。