『ナウシカ』は、現代的で社会性を帯びたストーリーであり、きわめて高い評価を得た(写真提供:photoAC)

『ナウシカ』のきわめて高い評価

完成した『ナウシカ』は、きわめて高い評価を得た。その理由は、第一に現代的で社会性を帯びたストーリーにあった。それは次のようなものである。

最終戦争によって文明が破壊されてから1000年後、地球は腐海という新たな生態系に覆われていた。腐海は地上に蓄積した汚染物質を浄化する過程で猛毒の瘴気を出し、人類は防毒マスクなしには生存できない。その中でも、わずかな資源をめぐって戦いが繰り広げられていた。辺境の小国「風の谷」の族長の娘ナウシカは、腐海と共存する道を探っていたが、その風の谷にも他国の軍勢が押し寄せ、ナウシカは戦火に巻き込まれる。

日本では高度経済成長の代償として水俣病など四大公害といわれる産業公害問題が起き、日常生活の中でも水質汚濁や大気汚染が深刻化した。自然破壊による野生生物の減少もたびたび話題になり、それはトキやコウノトリなど希少生物だけではなく、都市近郊の里山など身近な自然環境の消失にも及んだ。このまま経済活動を押し進め、無秩序に自然破壊を続ければ、何かが起こるだろうことは想像できた。

宮崎駿の自然環境破壊に対する問題意識は強く、人類の行く末を1000年後の地球から鋭く警告したのが本作だった。

また、『ナウシカ』は映画雑誌「キネマ旬報」が毎年実施している年間ベストテンで、『おはん』(市川崑監督)や『廃市』(大林宣彦監督)などと並んで第七位に入った。アニメがキネ旬ベストテンに入ったのはこれが初めてである。日本映画の中でアニメはどうしても別枠、あるいは数段低く見られてきたが、『ナウシカ』はそれを覆した記念碑的作品といってよい。

そして、世間的にはほぼ無名だった宮崎駿の作家性に注目が集まった。匿名性の強いアニメの世界で、アニメ監督の作家性が問われた例はほとんどなかった。

『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季はアニメ監督として注目されたが、それはアニメファンのコミュニティにほぼ限られていた。宮崎は『ナウシカ』で1000年後の地球という想像しがたい未来を、単なる空想ではなく現代を反映した世界像として構築し、映像化した。

それは、実写では描けない世界を表現する使命を帯びたアニメが目指すべき一つの方向性を示すものでもあった。これほどの創造力を持つ宮崎駿とはいったい何者なのか、観客はそう捉えたのである。