「考えていることや感じていること、そうしたものが書くという行為によってポータブルな物質になる。形のないものを物質に変換するというのが、まずなんとなくうれしいんです」(春日さん)

 

「書くこと」が春日武彦にもたらすもの

春日 ぼくにとって書くことというのは、基本的に喜びに近いんですよね。たとえ〆切が本当に大変だったりすることがあっても。とても散文的な言い方になるんですが、考えていることや感じていること、そうしたものが書くという行為によってポータブルな物質になる。形のないものを物質に変換するというのが、まずなんとなくうれしいんです。

末井 物質というのは、本になるってことですか。

春日 いえ、そうではなくて、原稿を書くにしても、あるいはワープロで打ち込むにしても。記号ということでは記号なんだろうけれども、ひとつの形になるということですね。

頭の中に薄ぼんやりと、霧みたいにふわふわしてるっていう状態はどうにも落ち着かなくてイヤなんだけど、書くことで曖昧だったそうしたものをまずは形にできたということで安心感が生まれる。で、いったん形になれば、それをためつすがめつして、もう一度味わったり、思考を深めたり、といった次の段階に進むこともできます。

つまり、ぼくにとって書くことは自分に安心感をもたらすという部分が大きい。逆に、このプロセスを挟まないとつらいんですよね。

末井 それは、春日さんがいつもいろいろなことを考えられているからじゃないですかね。ぼくなんかいつもボーッとしていて、何も考えていないような感じですから(笑)。育ちも影響しているのかもしれないですけど、もともと想像力といったものはたぶん自分の中になかったと思うんですよ。最初の本を書くまで、まさか自分が本を書くなんて夢にも思ってなかったし。