結婚後は、自宅に窯を築いて陶芸をしていました。帰国してから、世の中の変わりように心が波立つことも多かったはずですが、そんな彼を慰めてくれたのが陶芸です。土をこねていると夢中になって、何もかも忘れることができたのだと思います。横井の陶器は草木染めの手法で色をつけ、温かくて素朴なんです。

横井庄一さんの陶芸作品

ネズミと現地人に追いかけられる悪夢

結婚後に2人でグアムに行ったことがあります。ジャングルを歩いて、横井が「ここだ」と指差したのは、彼が生活していた洞穴でした。中に入ってみると、狭くて、暗くて、ジメジメしていて。とても人が暮らすような場所じゃない。私は「こんなところで生活するなら、死んだほうがマシ」と思いましたね。

グアムでの生活というのは、想像を絶するような孤独と不安の日々だったと思います。それは、自分との闘いでもあったのではないでしょうか。帰国後、横井は多忙ながらも、息を潜めて暮らす生活とは180度違う、平穏な日々を過ごしていました。でも、「後遺症」のようなものは見られましたね。

横井さんがグアムで作った機織り機を、復元したもの。木の繊維から布を作るという

 

夜中、寝ている横井が突然驚いたように起きて、「そこにネズミがいる」と言うことが何度もありました。ネズミの命を奪って食べていたので、恨みを買って、仕返しをされるのでは、と思っていたのでしょうか。また、大きな叫び声を上げて目を覚まして、「現地人に追いかけられる夢を見た」と言ったこともありました。

自分が日本にいるのかグアム島にいるのか、わからなくなっていたのでしょう。私はそんな彼の姿を見て、彼のことを支え、がんばろうと思った。「心配ないよ。誰もいないよ」、そう言ってあげると、ホッとしていましたね。

戦争の犠牲者ともいえる横井ですが、恨み節などは一切言わなかった。自分のような犠牲者を二度と出してはいけないという思いはもちろんあったでしょうが、それよりももっと広く、人間全体のことをよく考えていたようです。時折、戦争や平和に対する思いを吐露することがありました。